「やりたいこと」より「やるべきこと」を優先してしまうとどうなるのか?

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「やるべきこと」の山

やるべきことで埋め尽くされている毎日。

「やりたいこと」がたくさんあるのに、「やるべきこと」ばかりをしてしまい、「やりたいこと」までやれず、そのうち「やりたいこと」が何なのか分からなくなり、いつしか「やりたいこと」は「やりたいこと」ではなくなってしまい、「やりたいこと」は最初から無かったような気がしてしまう…。

こんなややこしい、早口言葉の様な経験ありませんか?

人は「やるべきこと」ばかりやっていると、力もスタミナも無くなっていきます。

人間のエネルギーは無尽蔵ではありません。

毎日仕事などで疲れていれば、何もやる気が出ないのは当然です。

しかし、「やるべきこと」はやらない訳にはいきません。

仕事、食べること、寝ること、家事、子供がいれば子供の世話、etc…。

なんたってそれらは人生を回していくために、もっと言えば生命活動を維持していくために「やらなければならないこと」だからです。

そういった山のような「やらなければならないこと」をした後に、果たしてやりたいことまでやれるエネルギーが残っているでしょうか?

残念ながら多くの人には、そのエネルギーは残っていません。

深まらない思考

日々の生活に追われている人は思考も浅くなりがちです。

自分の心を見つめ、深く考えたり、誰かと深い話をすることはとても時間のかかることです。

しかし、「やるべきこと」でいっぱいの人たちはそんな余裕はありません。

もし時間が出来ても、その日々のストレスを発散する為の行動や消費に時間を回そうとします。

自分の心と向き合うことは根気のいる作業であり、ストレスを伴う物でもあります。

「やるべきこと」ばかりに追われていると、当然ながら思考や様々なメソッドについて深く調べたり、本を読んだりする余裕も気力もありません。

しかし、そういったことをしなければ、思考や行動は永遠にそのまま変化することはありません。全ては延長線上です。

「やるべきこと」は前述したように、生命維持活動に近いものであり、人生を豊かにするものではありません。

「やるべきこと」ばかりをして思考の広がりや深まりが無ければ、例え100歳まで生きたとしても、同じ場所をぐるぐる回っているだけのラットと変わりません。

心の深掘りや探求をするから思考は深まり、世界が広がるのであって、ただ生きていれば自動的に世界が広がっていくわけでは全くありません。

「やるべきこと」ばかりだと人生に迷ってしまう

現代人はあまりにもこの社会に馴染もうと必死になろうとし過ぎている気がします。

特に忙しいことを美徳とする現代の日本人は「やるべきこと」がたくさんあることは素晴らしいことだと考えてるきらいがあります。

しかし、「やるべきこと」を優先してばかりいる人生は大切なものを見逃し、見失い、いずれ彷徨うこととなります。

今まで「やるべきこと」ばかりを優先していた方は、一度「やりたいこと」を優先してみてはいかがでしょうか?

きっと心の気づきがあるはずです。

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