どこにも保証なんて無いのに「人生100年時代」?※HSP犬の誕生日を通して思うこと。

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12歳の誕生日

5月3日はHSP犬の誕生日です。

本日無事12歳の誕生日を迎えることができました。

北海道に移住して2回目の誕生日です。

健康な状態で年を重ねられたことを本当に嬉しく思います。

12歳というと結構高齢のイメージですが、我が家のHSP犬はとっても元気で、今でも走り回ったりおもちゃを振り回してはしゃいでおります(写真はついこの間の姿ですw)。

勿論、昔よりも毛の色が薄くなったり、疲れやすくなったりで、年を取ったなと感じる部分もあります。なので、やはり気を使わなければなりません。

犬の平均寿命は年々伸びていて、最近では15歳などと言われていますが、そこまで生きられる保証なんてどこにもなく、これからも一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています。

人生100年時代

犬と同じように寿命が延びている人間。

最近よく耳にするのが「人生100年時代」

この言葉を聞くたびにいつも「なんだかなぁ」という気持ちになります。

平均寿命が延びて、働いたり学び続けなければならないのは分かりますが、一体どこに、100歳まで生きて、元気に好きなことが出来たり、健康で動いたりできる保証があるのでしょうか?

勿論人間は簡単には死にません。データが示す通り長生きする人が増えているのも事実でしょう。

しかしそれと同時に、人間は簡単に死んでしまうほど脆くもあります

そういった経験が身近に無いと分からないかもしれませんが、突然の事故や病であっという間に命を落としてしまうことは決してないことではありません。

勿論確率的にはそうなることの方が少ないかもしれませんが、それでも起こりえないことではありません。

それなのに、あたかも100歳まで生きることが当たり前や、保証されているかのように、「働き続けなければならない」や「その年までできる好きなことを見つけよう」などと言われ、挙句の果ては「その年まで生きるのに必要なお金を貯めよう」と叫ばれています。

勿論年をとっても学び続けるなどの向上心は素晴らしいものです。

しかし、あまりにもあるかどうかも分からない未来を考えた上でのそういった考え方や決断は、今この瞬間をあまりにも見ていなさすぎるのではないでしょうか?

果たして生きるということは、あるかどうかも分からない何十年先の未来を考えてそれに備えるようにして生きるものなのでしょうか?

生あるものは必ず死ぬ

少なくとも今の科学技術の上では、生き物は間違いなく皆死にます。

ただ、死ぬことを毎日考えながら生き続けるのは難しいです。

特に死というものが日常から縁遠くなった現代ではなおさらでしょう。そういう面でも、「人生100年時代」という言葉はより現代にマッチした言葉なのかもしれません。

人間は未来を憂えずにはいられません。死への不安や恐怖はその最たるものです。

なので、そういった未来のリスクを減らすための商品や甘言が溢れているのはその為です。

人間は誰しも死ぬまで幸せになろうとするでしょうから、そういったものの需要はより一層増すでしょう。

しかし、その考えや行動、商品に、「幸せ」というものは本当に存在しているのでしょうか?

私にはあまりそう感じられません。

まとめ

今この瞬間を幸せ生きることに全力を尽くす

私はHSP犬を見ているとそれに尽きるのではないかと思います。

勿論それは決して刹那的に生きるという意味ではありません。

そして容易いことでもありません。

生きるということは、

「今この瞬間の生を味わうこと」なのではないかと思います。

そしてそれなくして、幸福は訪れないのだろうとも思います。

私は満足そうに寝ているHSP犬を見るとそう考えずにはいられません。

これからもHSP犬を通して、幸せについて考え続けていこうと思います。

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