他人の目を気にせずに生きることの大切さとは?

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他人の目を気にせずに生きる

皆さんは他人の目を気にしますか?

日本は同調圧力が強く、人と違うことをしていると批判されてしまうことも多いので、気にしてしまう人も多いのではないんでしょうか?

私もそのうちの一人でした。「でした」というのは、だいぶそこから脱却できてきたかなぁと思うからです。しかしまだまだ、気にしている自分がいるのも事実です。

ある時、私は、自分が必要以上に他人の目を気にしていることに気が付きました。

他人から見て、それはおかしくないだろうか?

他人から見て、良いと思われているだろうか?

そんな風にいつも考えていたのです。

他人の目を気にして生きることは非常に疲れます

こういう生き方を長くしてしまっていると、自分が正しいのか、間違っているのか、他人が判断してくれないと分からなくなってきてしまいます。

もっと言えば、自分があるものを見て「これ良いなぁ」と思っても、他人から「ちっとも良くない」と言われたら、私の中でそれは、一気に良いものから悪いものへと変わってしまうのです。

自分軸で生きる

よく言われるように、それは自分軸で生きておらず、他人軸で生きてしまっているからです。

要は自分の人生を生きていないのです。

何をするにも、他人の視線や他人の人生と比べて生きてしまっている訳です。

私はそんな生き方を長い間してきてしまいました。

自己肯定感の低さから来るものだと最近になって気づきましたが、ある時、「それではあまりにも人生が勿体ないのではないだろうか?」と思い始めました。

多様性などない日本

自己肯定感の低さは、やはりHSPであることが大いに関係していると思います。

少数派のHSPはどうしても社会で後ろに追いやられがちです。

特にこの経済優先の資本主義の社会では、お金にならないことは蔑ろにされてしまいます。

多様性が叫ばれて久しい日本ですが、現実はステレオタイプにカテゴライズされたもので溢れかえっています。

特に、仕事や家族(家庭)などはそういった傾向が強いことをとても感じます。

そんな窮屈な社会の中で、マイノリティはそれでも必死に耐え、頑張って生きています。

嫌いな人や出来事に自分の人生を与えない

ただ、そんな厭世観を持って生きていると、他人やこの社会を批判や否定したりしたくなってしまいます。

実際正直者が馬鹿を見る世界」だと、正直私も思っています。

ただ、それだと生きることがあまりにも辛くなってしまい、自分で命を絶ってしまうことにもつながりかねません。

そうならない為に、とにかく、自分が楽しいと思えることに目を向けることが大切だと気づきました。

他人は一切関係ありません。

誰かと比べて成長を感じる必要もありません。

何者かになろうとする必要などもありません。

いずれ皆死に、忘れ去られます。

しかしだからと言って投げやりに生きるとは違います。

ただひたすらに自分の好きや楽しいに目を向けることが大切なのです

最初は難しいかもしれません。

しかし、批判や自分の嫌いな人のことを考えるということは、その人に自分の人生を与えてしまっているということです。

単純に、嫌いな人のことを一時間考えたら、自分の人生を一時間その人に与えているようなものです。

その無駄に気づいたとき、私は嫌なことを考える暇があったら、好きな人が書いた本を読んだり、自分が好きなことをしている方がよっぽど良いということに気づきました。

自分の大切な時間をそんな勿体ないことには使わず、最初は無理やりにでも、自分の「好き」に目を向けるようにしてみると、世界が少しだけ違って見えてくるはずです。

そうすると、他人の目を必要以上に意識したり、損なってしまった自己肯定感を上げることに繋がってくると私は考えています。

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