人生の目的、生きる意味とは?

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人生とは何か?

「人生の目的とは何だろう?」

「生きる意味って何だろう?」

多くの人が一度は考えたことがある疑問ではないかと思います。

スピリチュアル的なことを言えば、「何か必ず意味を持って生まれてきている」ということになるかもしれませんが、本当のところは誰にも分かりません。

意味も持って生まれてきたのかもしれませんし、ただ生物として誕生したに過ぎないかもしれません。

人間は神様ではないので、生まれてきた意味などは分からないから、皆悩むのだと思います。

「そんな難しいことは考えず、楽しく日常を送ればいいじゃないか」とも思いますが、そういった「生きる意味」を考えるのは決してマイナスなことではないと思っています。

人生に深みを与えますし、何より自分自身と向き合うきっかけにもなります。

人生は究極の暇つぶし

「人生は究極の暇つぶし」とも言われます。

なので、何をしても良いし、どうせ結局死ぬのだから何をやっても無駄だと思えるかもしれません。

しかし、それはある見方では正しいとも言えるし、一方で間違っているとも言えます。

自分が楽しいと思えることをするのは決して間違っているとは思いませんが、他人を傷つけたり、犯罪を犯してまで、自分の快楽を追及したり、自暴自棄に生きるのは違うと私は考えています。

何より人生は本当に暇つぶしに過ぎないのでしょうか?

人生の指針は自分で決めなければならない

人生は暇つぶしなどではなく、もともと意味があるかどうかは私にも分かりませんが、自分で人生に意味を与えることはできる」とは思っています。

ナチスのアウシュビッツ収容所を経験し生き残った、ユダヤ人心理学者ヴィクトール・E・フランクルは著書において、

人生に意味があるかを問うのではなく、人生から自分が生きる意味を問われている

と書きました。

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つまり、生きる意味とは、「もともとあるもの」ではなく、「自らにおいて作り出すもの」ということになります。

勿論、誰かに与えてもらうものでもありません

自分自身が「これが私の生きる意味だ」と思えば、それが生きる意味になるのです。

私自身も「こんな人生など送りたくなかった」「こんな人生に意味などあるものか」「出来ることならやり直したい」などと何度も思ったものです。

しかし、そうやって自分の人生や自分自身と向き合わずにいては、「生きる意味」など到底分かるはずがありません。

例え自分自身の思い通りに人生が運ばなかったり、不運や不幸な出来事に見舞われても、それは決して生きる意味が無いということにはならないのです。

「ただ、生まれたから生きている」「死なないから生きている」といった受け身の生き方ではなく、自発的に人生に意味を見出し、自分の生きる指針を持つということが、本当に生きるということになるのではないかと、私は考えています。

そこには人生の長さや、経歴、実績といったものは関係なく、真摯に生きるということに向き合ったということだけが重要だと私は思っています。

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