読書をする意味とは?

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本が好き

私は子供の頃から読書が大好きです。

なので、図書館に行って、よく本を借りて読んでいました。昔の図書館は今の図書館ほど新しい本がなかったのですが、それでもその中から読みたい本を探して借りていました。

しかし成長するにつれ、本を読まなくなり、他のこと(ゲームや音楽など)に熱中するようになりました。

読書は主体的な物であり、自分で字を追い、理解し、ページをめくらないと進まない媒体です。

自動的に、刺激的な目的を設定してくれるゲームや、興奮するようなポイントをちりばめてくれている動画とは違い、刺激を感じにくいものではあります。

さらに社会人になると、何かに集中する時間も少なくなってきました。

そして、仕事のない休日は肉体的にも、神経的にも疲れ果て、何もやる気が起きず、動画を見たり、お酒を飲んだりして、何も考えないで済むような過ごし方をするようになってしまいました。

自分に嫌気

そんな生活をしている自分に嫌気がさし、「こんな生き方はしたくない」と思い始めましたが、何から始めたらいいか分かりませんでした。

そんな時、「そういえば昔、よく本を読んでいたのに、最近は読まなくなった

と思いました。

そうしてそこから、再び気になる本をたくさん読むようになりました。

本が与えてくれるもの

本を読むと、知的欲求が満たされていきます。

さらに、私は周囲に自分と話が合うような人間が少なかったので、自分と同じような考えを書いている筆者に出会えた時は「独りではない」と思えるようにもなりました。

なので、興味のある本を次から次と読み漁っていきました。

読書の弊害

そうして、しばらく何年か本をよく読む生活を続けました。

しかし知識は増えますが、気分があまり晴れません。生き方も、少しは変わってきたものの、結局は今までと根本的には変わっていないような気がしました。

なぜそうなのか?

立ち止まって、本から離れ、しばらくよく考えてみることにしました。

そうすると、一つの答えが導き出されました。それは…、

腹で分かっていない

ということです。

頭で分かるのと、腹で分かるということはまったく違います。

腹で分かるとは、俗に言う、「腑に落ちる」というやつです。

インプットばかりを多くしても、アウトプットが足りなければ、自分の中で消化不良をおこしてしまうのです。

そして、特に物語などではなく、その人の考察や考え方が書いてある本は注意が必要です。

私は歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が好きで、彼の考え方にはとても共感を覚え、賛同することも多いです。

しかし、それはあくまで他人の考えで、自分の考えではありません。

いくら考え方が似ていたとしても、自分の中から生まれた答えではないのです。

読書と経験

勿論、私は、本は読まないより読んだ方が良いと思います。

色々な考えや知識を身に着けることによって、多様性を理解する土台や、自分自身をよく知るきっかけなど、様々なことを人にもたらしてくれます

しかし、やはり自分が変わるときは、経験や、自分自身で導き出した答えからです。

やはり、寺山修司氏の「書を捨てよ、町へ出よう」は真理だと感じたものの、そういったことが分かったのも、本を読んでいたから、ということにもなり、両者は表裏一体の存在ということにもなるのだと私は感じました。

だから私は、これからも本を読み続け、そして旅に出て自分の生き方を考え続けていきたいと思います。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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